【第305話】経営者に求められる“馬鹿”さの本質
「お話をお聞きして…、弊社では難しいと思いました」と仰る顔は曇りぎみです。淡い期待が失せたかのように、声のトーンも駄々堕ちです。
これは、とある企業、樹脂の成型技術を応用して新分野へ進出したいとのことで、お伺いして実現の方策や今後の進め方について、お打合せした際のこと。
まず初めにお伝えしておきたいのは、このような場において、いつもと比べて厳しいことなど申し上げていないということです。
それにも関わらず、打合せによって「やれそうな気がしてきました」という経営者もいらっしゃれば、「ムリだということが分かりました」という場合もあります。
なぜ、このように真反対の反応が生まれてしまうのでしょうか。その根本的な原因ともいえることとは何なのでしょうか。
これは実に単純な話です。ムリ…という経営者は、その理由に、やれる人がいない、時間が取れそうにない、予算が算段できない、といったことを挙げられますが、実のところそうではありません。
これはある意味、やったことがない…ということに対する拒絶反応なのです。この拒絶反応の中身を紐解けば、未知領域に対する恐怖心、上手くいかないかもしれないことへの不安、自信喪失や痛みへの恐れなのです。
ちょっと考えれば分かることですが、新事業、新製品、新分野…、こういった“新”というのは、世の中において“新”ということです。これは、誰も到達したことのない領域に突っ込んでいくことを意味します。
ところが、打合せで意気消沈してしまう経営者は、この“新”を何か既にある「やり方」だけで何とかなるとお考えです。
あるいは、新分野進出ということへの認識が、自社の能力・技術を買ってくれる新しいお客様を紹介して欲しいというのが本音だったりします。要は、経営が苦しいので、すぐに売上になる答えが欲しいという訳です。
請型のビジネスに長く浸っていると、こういった経営意識が芽生えがちです。新分野進出という名の下に、自社の能力・技術を売ってくれる販売代理店、買ってくれるお客様を求めているだけなのです。
ちなみに、これは新事業でも、新製品でも、新分野進出でもありません。既存のビジネスで新たな取引先を開拓したにすぎません。
つまり、この気持ちというのは、今の努力の範疇で、何とか新しい売上を獲得できないか…と考えているということです。
ちょっと考えれば分かることですが、新たなビジネスチャンスというのは背伸びしなければつかめないものです。やったことのない未知の領域に踏み込むことです。
ちなみに、これが請負受託型と価値提案型の経営意識の違いです。未知の怖さを越えるには、そこまで行ってみるしかありません。これを怖いながらも面白いと思えるか、例え努力が無駄になったとしてもいずれ糧になる、種まきになると考えられるか。
あるいは、冒頭のとおり、恐怖心からそんなのムリ…となってしまうかの違いとなって現れているのです。
経営者には、ある意味で“馬鹿”な一面が必要です。実際、「この新製品で〇億、失った」、「やるといったばかりに〇千万、掛かった」といったお話は尽きません。
しかし、そういう経営者は、それを種まきとして今の収穫を得ています。これがリスクとリターンというものなのです。先に努力やおカネが出ていくことを投資と呼びます。これがリスクを取るということの実務なのです。
面白いことに、経営は最後には本気の馬鹿が勝ちます。その理由はシンプルです。常に挑戦的な未知領域に踏み込むからです。ただし、経営者に不可欠な馬鹿とは、馬(情熱)と鹿(知性)であり、単なる無知とは異なるものだということを心しておくことが大切です。
新しい領域、未知領域に踏み込んでいますか?
情熱と知性で、リスクを取っていますか?