【第179話】新事業の立ち上げに退路が要らない理由

とある製造業、以前から自社を「サービス業」と定義づけてきました。これは、同社が提供している価値は、製品の提供に留まらず、お客様のお手伝いをしているという基本思想によるものです。「お客様の立場に立って一緒にお仕事をします」という社内外への宣言になっています。

 

この思想の徹底により、同社の対外対応は問題を感じないといったことではなく、「気持ちいい」とさえ感じるレベルに達しています。そして、もちろんのことながら、事業を伸ばしておられます。

 

そういった意味で、〇〇業といった古い括り方というのは、事業の実態を現わしているようでありながら不十分で、時代とともに役に立たなくなってきています。経済統計上は有効であったとしても、商売を繁盛させていくためには“使えない”自社の定義づけといえます。

 

事業の領域や性質の捉え方というのは、ビジネスの成否を左右する重要な認識です。事業を成長させていくということは、この事業領域を拡大していくことに他ならず、その方向性をどう舵取りしていくか次第…ということです。

 

事業戦略を立てる上で、事業活動の領域は事業ドメイン(生存領域)と呼ばれ、「誰に・何を・どのように」といった3つの軸で考えられてきました。

 

ですが、今の「足りてる時代」にあって、この考え方では全く通用しなくなりました。その理由はとても簡単です。事業領域を自社で決めたところで、そこでの優位性がなければ、商売にならないからです。

 

大切なことなのでもう少し補足すれば、事業ドメインの定義そのものに優位性の要素が含まれていなければ、それは事業ドメインと呼べるものではないのです。

 

これを自社側からではなくて顧客側から見れば、事業ドメインとは自社が主戦場とする「市場」そのものであって、優位性の要素を含んでいて、初めて新たな売上・利益をもたらす独自「市場」を“創造”したことになるのです。

 

そうであるから、新製品・新事業・新展開…といった新たな取り組みの正体は、事業ドメインの更新、拡張、あるいは括り直しであって、いわば「目指す未来への進化」といえます。

 

だからこそ、この更新・拡張にあたっては方向性がとても大事で、当該企業の存在意義を賭けた進化の軌跡を描いていくのだという心意気が欠かせません。

 

このように、企業の進化は経営環境への適合という受動的な要素を含みつつ、実は存在意義や使命感といった能動的な経営者の意志が大きく作用します。

 

つまり、お伝えしたいことは、向かうべき方向性や製品・市場の開発は、社長、経営者として「何を成したいのか」という使命感によって決まってくるところが大方で、外部経営環境といったことは前提でありながらも、それ自体を分析することで向かうべき方向性が見出せるようなものではないということです。

 

事業展開の方向性というのは外部環境というよりもむしろ経営者の意志によるものです。そうであるならば、新事業の構築も、新製品の開発も、いずれはやるべきこと。早いか遅いかの差こそあれ、「どうせいつかやるべきこと」に行き着いていくはずなのです。

 

新事業の立ち上げにあたり撤退基準を検討する…といった文脈というのは、例えば全くの新会社でエクイティでファイナンスして、伸るか反るか、一か八か…といったハイリスク・ハイリターンなスタートアップの際には必要なことではあります。

 

しかし、自らの“使命”という御旗を掲げた企業の「やるべきこと」というのは、「どうせ」やるべきことであり、かつ「いずれ」やるべきことなのです。

 

そうであれば、それは「成功させるまでやるべきこと」、「絶対に売れるように仕上げること」、「泥臭くても耐え抜いて、いずれ商売ベースに乗せていくべきこと」であるはずなのです。ですから、どこまでも深追いしていくための方法論探しはあっても、退路やその際の撤退基準といった考え方そのものが存在しないはずのことなのです。

 

大変な思いをしながら、新事業を立ち上げておられる経営者方やリーダー方がいます。ですが、その事業というのは、今、多少遅れるようなことがあったとしても、いずれかの時点でやるであろうことでもあります。歩みが早い遅いも大切ですが、それ以上に、方向性、御社が「やるべきこと」であることの方が大切です。

 

その新事業は御社が「やるべきこと」ですか?

どこまでも深追いしていく覚悟は固まっていますか?

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