【第233話】立ち呑みそば屋のマーケティング
店内のテレビでは野球のデイゲームが流れています。お客さんのほぼ全員が昼間から呑んでいて、知り合いでもなさそうなお客さん同士がいつしか会話を始めます。
ハムカツ200円、コロッケ60円、本日のおつまみ100円…。この他にも格安のオツマミメニューが充実です。
すごいのは、オツマミメニューだけではありません。10時から18時まで「ハッピーアワー」、ビールやハイボール、日本酒も格安です。開店7時で閉店23時、15時間のうち8時間がハッピーアワーですから、ハッピーアワーの勝ち越し営業といえます。
ここは、名付けて「立ち呑みそば屋」。「立ち食いそば屋」ともちょっと違いますし、いわゆる街のそば屋さんとも一線を画すお店です。
一口に「そば屋」といっても、そのウリは様々です。そばの産地が違ったり、製粉方法、つなぎの配合割合であったり。さらに、そばツユもダシや寝かせ方など。そして、老舗高級店から立ち食いの庶民的なお店まで、価格で10倍以上の開きがあり、同じ「そば屋」といっても、お店の雰囲気、客層、利用シーンといったことは千差万別、十把一絡にできません。
お客としてお店を利用する側に立てば、そういったお店の違いを考えて選んでいるにも関わらず、いざ自分で事業を企てようとしたり、商品を開発しようとした際に、こういった「商売の千差万別感」のことを忘れがちです。単に「そば屋」を開店しようとしてしまったり、看板メニューだけを考えがちです。商売を企てるにあたっては「商売の千差万別感」の全体を考えなければなりません。
一般に「立ち食い」、「立ち飲み」というのは、お客様の滞留時間を短くすることで客席の回転数を上げるための施策として用いられます。「立ち食いそば屋」の滞留時間は10分ほどです。つまり、「早さ」がそのサービス価値の中心にあります。それと同時にお客様の側から「立ち食い」と聞けば、「安さ」を連想させます。
お客様の心理として、「早さ」と「安さ」は一対を成しています。よって、「10分で食べられる本格フレンチが3,000円」といった商売は成立させるのが難しいといえます。料理の中身がどうであろうとも、10分で3,000円という感覚がお客様の中で芽生え、高いと感じてしまうからです。
こういった視点で「立ち呑みそば屋」を見ていると、お客さん達の滞留時間が長いことに気が付きます。決して席の回転が良い訳ではありません。大抵のお客さんは30分以上、1時間弱といったところでしょうか。
もう一つ気が付くのは、客単価です。滞留時間が長い分だけ、またお酒を呑む分だけ、客単価が上がっていきます。30分も居ればオツマミ3品で600円、お酒3杯で900円、仕上がり1,500円くらいにはなります。
これらを併せて考えると、「立ち呑みそば屋」は、お客さん一人当たり1時間で3,000円のポテンシャルを持っています。一方、「立ち食いそば屋」はそば一杯10分で300円だとすると1時間で1,800円となり、業態によって時間当たりのポテンシャルで実に倍近くの差があることが分かります。そして、これらは、1,000円のランチで1時間のお店と比べて、どちらもポテンシャルで優っています。
このように商売の「経済性ポテンシャル」を予め考えておくことが大切で、そのポテンシャルは先行各社、競合他社よりも高くなっていることが商売の進歩発展の目安といえます。
そういった視点から「立ち呑みそば屋」を見ると、立ち呑みといいつつも、少しだけお尻を掛けられるイス代わりの腰掛バーが設置されていたり、お客さん同士が接しやすいように、テーブルも腰掛バーも一つにつながっていて、お客さんごとの明確な境界線がないレイアウトになっています。これは、滞留時間をコントロールする工夫が施されているのであって、このお店の経営のキモはここにあるのです。
例えば、他の業種でいえば理容室。通常の理容室が60分で3,000円として、10分で1,000円のヘアカットは1時間で6,000円、つまり“倍”の経済性ポテンシャルを持っています。
このように、新事業、新サービスの展開にあたっては、単なる損益のみならず生産性の視点から「経済性ポテンシャル」を念頭にビジネスを構築していくことが大切です。
御社のビジネスの「経済性ポテンシャル」は如何ほどですか?
これを高めていく視点でコントロールすべき指標を持っていますか?