【第217話】本物のイノベーションはどうやって生まれているのか?

とある企業が特許の申請準備を進めています。新製品の開発に成功し、そのコアテクノロジーの模倣を防ぐためです。こう書くと、「やはり商売人は儲ける事しか考えていないのか」といった反応をされる方もいらっしゃるかと思いますが、もう少し聞いてください。

 

この企業は、本業で稼ぎだした粗利から、開発費の全額を自社で工面してこの開発に充ててきました。さらに、開発にあたってきたプロジェクトメンバーは専任ではありません。通常の業務をこなしながら、この開発にも取り組んできました。

 

試験に失敗すれば、プロジェクトーリーダーは「あー、やってしまった」という技術的なことだけでなく、「試験費用〇百万円が吹っ飛んでしまった」という金銭的な負担も感じます。こういった精神的負担というのは、いわば足がすくむような「恐怖感」に近いものです。

 

取り組むべき課題の難易度や忙しさから、メンバー間の人間関係がギクシャクすることだってあります。そうなれば、「なんでこんな思いまでして…」と悩むこともしばしば起こります。

 

しかし、お客様のため、そして自社の未来のため、延いては世の中のため、あえて挑戦されているのです。経営の最前線において「リスクを取る」ということの現実はこういったことです。極めて人間的で泥臭いものです。

 

そういう意味で、特許の申請というのは、ビジネス上の独占排他的権利というよりも、むしろその技術開発に対する「敬意」の獲得に近い感覚です。

 

昨今、AI、IoT、ロボット、電気自動車(EV)、自動運転といった“イノベーション”によって未来がどう変わっていくのか…といったキラキラした議論を耳にします。

 

そんな場面で、「電気自動車は私が大学生の頃、もう30年以上前からありましたよ」というとビックリされる方が多いことに驚きます。いわゆる“イノベーション”というのは、実は「古くから在る技術的思想が実用のレベルに到達しつつある」と理解すべきことです。

 

例えば、電気自動車であれば、リチウムイオン式によるバッテリーの大容量化、デジタル制御によるインバータのモーター制御性の向上といったことです。要素技術、デバイスの進化によって、その組み合わせとして電気自動車の実用化が進んでいます。

 

これを、電気自動車がイノベーティブであるかのごとく理解してしまうというのは、“イノベーション”の根本部分をはき違えていると言わざるを得ず、これが経営者であったならば新たな挑戦の論点や方向性を間違ってしまいかねません。

 

そして、“イノベーション”が起こす無限の可能性…といった能天気な空想を改めて、その技術の限界について経済性も含めて謙虚に理解しなければなりません。

 

例えば、IBMが提供するAIシステム「Watson」は「Artificial Intelligence(人工知能)」ではなく「Augmented Intelligence (拡張知能)」と定義されています。

 

ここに技術者の謙虚さが見て取れます。最先端AIであっても技術的にできることには限界があって、よって「まだ人工知能とまでは呼べない」と開発者本人たちが考えているということです。とはいえ、その技術進歩は本当に素晴らしいものです。

 

ちなみに、Watsonを動かしている「Python(パイソン)」は、オブジェクト指向のプログラミング言語で、これから一層普及していくことになるでしょう。ちなみにPythonがオランダ人のロッサム氏によって開発されたのは1991年、約30年も昔です。

 

つまり、コンピュータの処理能力の向上、データ蓄積の大容量化といったハード環境下にあって、「プログラミング言語」自体の進化がAIのイノベーションを支えています。

 

そうであれば、我々が学ぶべきはAIといった概念的な応用ではなく、プログラミング言語であるPythonなはずです。

 

新事業構築、新製品開発にあたって、論点を外すことは致命的となります。本当のイノベーションとは世の中で言われているような派手な応用テーマではなく、そういったことを支えている要素レベルのことです。そこを見逃してはなりません。

 

そして、その要素技術の背景には、長年に及ぶ人間的で泥臭い開発努力の積み重ねがあることに対して、「ぶっ壊す」といった意識ではなく、切磋琢磨の同志として「敬意」を持ってその利用発展に携わっていくことが大切です。

 

そのイノベーションは本当の意味でイノベーションですか?

先人に対して「敬意」をもって開発にあたっていますか?

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