【第528話】イノベーションの真実:いちご大福は老舗から生まれる
「世の中の人は、本当にイノベーションなんかが起こると思っているのでしょうか?」と社長。
情報番組で流される「〇〇の社会課題解決に向けてイノベーションが望まれます」という文脈に、いつも違和感を覚えるとのこと。
イノベーション…、従来的には技術革新との意味で用いられていましたが、昨今は、従来的な常識を覆す革新的な考え方やアイデア、事業モデルによる社会刷新や新たな価値創造へと広がってきました。
この意味で、商品サービスのみならず、その提供方法や売り方、考え方までがイノベーションであると理解されるようになっています。
前述の社長は技術系ご出身のため、「世の中が解決を望むことの全てをイノベーションだけで解決できるはずもないのに」とお感じだということです。
こうした情報番組で使われるイノベーションとは“技術革新”という狭義の意味を超えて広義の“社会的仕組み”との意味で使われているのでは…ということで、気持ちを落ち着けていただきました。
ここは大切な点なのでもう少し補足すれば、イノベーションという言葉は、技術者に対して「君たちはなぜ世の中の要求に応えられないのか」、「切実なこの状況か分かっているのか」、延いては「お客様がそう言っているのにやれないとは何事だ」という責めの言葉に聞こえてしまうということです。
ちなみに、技術と営業の仲が悪いことは、技術経営の“あるある”として良く知られていることです。
これも、世の中全体と同様の構図が成り立っています。営業は「仕事を取ってきても技術はムリだと言い張る」。技術は「営業はムリなことばかり言ってきた上に値引ばかりだ」と。
経営をイノベーションしていこうと考えるならば、大きく二つの常識に立ち向かっていかなければなりません。
それは、法令等や社会通念といった「社会的常識」と、技術や技術基準といった「技術的常識」です。ここであえて“常識”という言葉を使ったかといえば、イノベーションという言葉の響きに「常識を打ち破る」のニュアンスが含まれているからです。
どんな世界でも、その世界それぞれに常識とされることがあります。そんな世界に永くどっぷりと浸かっていると、どうしてもその常識を変えられなくなる…というのもまた常識でしょう。
ですが面白いことに、本質的なイノベーションはこうした常識ある企業から生み出されています。こうしたことから考えるならば、イノベーションとは常識の正統な進化であり、イノベーションが常識の破り方であるならば、それは限りなく“分別”に近いことです。
なぜ、イノベーションがむしろ常識ある企業から生まれるかといえば、モノづくりには系譜があり、その系譜の延長線上で姿形が進化的に変わっていくからに他なりません。
今や和菓子として常識となった「いちご大福」が老舗和菓子店から生まれたことも、またそれと時を同じくして、他の老舗和菓子店から販売され始めたことも偶然ではありません。
それは、品種改良や栽培技術の進化によって甘い苺が作れるようになり、その甘さや酸っぱさが、甘さ控えめの昨今の餡子と合わせられるレベルに達したからでしょう。
それ以前にも、餡子に苺を合わせようとした人が居たはずです。しかしその時、美味しいものにはならなかった。なぜならば、まだ苺の糖度が低かったからです。
こうして常識進化の飽和点、歴史的転換点のような時点がやってきます。そこに既にいる企業が系譜を紡ぎ、その進化を生み出す担い手となります。
これを見て真似しようと参入した後発の「フルーツ大福」店が上手くいかないのは、本当の意味でその商品、進化の系譜を理解できていないからです。
正統の系譜を紡ぎ、飽和点に気付こうとする意識と、その時、それを商品化できる日頃からの準備が大切です。
その商品サービスはどんな常識によって売れているのですか?
世論に流されず、系譜を紡ぐ次の常識進化に賭けてみませんか?